読書が苦手な私でも、続きを読みたくなった
村上春樹作品を読むのは今回が初めてでした。
読み始めは不思議な世界観に戸惑いました。
現実なのか非現実なのか。
どこまでが本当で、どこからが物語なのか。
正直なところ、「これは最後まで理解できるだろうか」と思ったほどです。
ところが読み進めるうちに、いつの間にか物語の中へ引き込まれていました。
気付けば、
「この先どうなるんだろう」
「夏帆はどうなるんだろう」
そんなことばかり考えていました。
普段、本を読むのに時間がかかる私が、先を知りたくてページをめくる手を止められなかったのです。
「とぎや」という言葉に反応してしまう職業病
この作品の中で、研ぎ屋である私が特に心を惹きつけられたのは、やはり「とぎや」の存在とその主人の描かれ方でした。
ネタバレを避けるため詳しくは書けませんが、この「とぎや」という場所、そしてそこにいる主人は、物語の展開において実に象徴的で、非常に重要な役割を担っています。
現実と非現実の境目にあるような物語の中で、刃物を研ぐという泥臭くも静謐な作業が、まるで物語全体の軸(キー)になっているかのように描かれていくのです。
私たち職人の世界には「研ぎ一生」という言葉があります。どれだけ数をこなしても「研ぎに正解は無い」からこそ、毎日が試行錯誤であり、どこまでも奥が深い仕事です。
だからこそ、自分たちが日々愚直に向き合っている「研ぎ屋」という存在が、村上春樹さんの描く大きな物語の中でこれほど存在感をもって響いていることに、一人の研ぎ師として猛烈にワクワクし、同時にどこか誇らしい気持ちでページをめくっていました。
特に共感して思わずニヤリとしてしまったのが、研ぎ師が仕上げた刃物の切れ味を確かめ、一人で秘かに満足感を得ているシーンです。
夏帆との緊迫した、やり取りの最中ですら、「いや、そっちよりまず切れ味の方が気になっちゃうんだ…!」という描写があり、職業柄「分かる、分かってしまう…!」と、思わずクスっと笑ってしまいました。 同業として、これほど読んでいて楽しい体験はなかなかありません。
包丁も人も、少しずつ鈍っていく
包丁は使っていると必ず切れ味が落ちます。
どんな高級包丁でも例外はありません。
しかし、きちんと手入れをすれば再びよく切れるようになります。
『夏帆』を読みながら、ふとそんなことを考えました。
人も同じなのかもしれません。
疲れたり、迷ったり、自信を失ったり。
少しずつ切れ味が鈍るような時期があります。
そんな時に人との出会いや言葉、本との出会いによって、また切れ味を取り戻して前に進めることがある。
この小説を読んでいて、そんなことを感じました。
もちろん、これは読書好きでも評論家でもない、一人の研ぎ屋の勝手な感想です。
それでも、読み終えたあとに何かが心に残り考えさせられる作品でした。
『夏帆』を読んで、包丁を研ぎたくなった方へ
もしこの作品を読んで、
「そういえば家の包丁、最近切れなくなったな」
と思った方がいらっしゃいましたら、ぜひ包丁の状態を確認してみてください。
切れない包丁は料理のストレスになるだけでなく、余計な力が入るため実は危険でもあります。
研ぎ小屋キレットでは、家庭用包丁からプロ用包丁まで一本一本手研ぎで仕上げています。
店舗は武蔵境から3駅となりの「西荻窪」です。
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中央線沿線にお住まいの方はもちろん、遠方の方もお気軽にご利用ください。
※この記事は私自身が購入して読んだ本の感想です。また記事内にはAmazonアソシエイトプログラムによる広告リンクを含みます。
