研ぎ屋の現場から見える包丁と食洗機の話
お店でよく聞かれる質問があります。
「家でできる包丁のメンテナンスってありますか?」
いろいろな方法がありますが、
西荻窪で数多くの使い込まれた包丁と向き合ってきた私の答えは、
とてもシンプルです。
洗って、拭く。
これだけです。
そしてこのシンプルな習慣が、
包丁の寿命や切れ味に大きく関わってきます。
今回は、研ぎ屋の現場から見える
食洗機と包丁の関係について少しお話ししたいと思います。
「食洗機対応」と書かれた包丁
最近は「食洗機対応」と書かれた包丁をよく見かけます。
忙しい日常の中では、
食洗機はとても便利な家電です。
実際、ステンレス製の包丁であれば
すぐに壊れてしまうことはほとんどありません。
ただ、研ぎ屋として長年包丁を見ていると、
食洗機を使っている包丁にはある特徴が出ることがあります。
柄の防水加工が落ちる
まず分かりやすいのが柄の変化です。
食洗機の
・高温
・強い洗剤
・長時間の水分
によって、木製の柄に施された防水加工が落ちてしまうことがあります。
すると
・木が白っぽくなる
・乾燥して毛羽立つ
・水を吸いやすくなる
といった状態になります。
今回の写真もその例です。
(防水加工が落ちた柄)
本当に気になるのは「刃の内部」
しかし、研ぎ屋として本当に気になるのは
目に見えない刃の内部の変化です。
こちらの包丁は、食洗機使用の影響で
刃にサビが発生していました。
よく見ると、表面のサビだけではなく
鋼材の内部に小さなサビ穴が無数にできています。
これは
これは「ピッティング腐食(孔食)」と呼ばれる腐食で、
ステンレスの表面に小さなサビ穴が点々とできてしまう現象です。
サビ穴は研いでも消えないことがある
このサビ穴の厄介なところは、
研ぎ直しをしても完全には消えないことがある点です。
今回の包丁も一度研ぎ直しましたが、
鋼材内部にサビ穴が多いため
削った場所とは別のところから
またサビ穴が現れてきます。
無理に削り続けると
包丁自体の寿命を縮めてしまうため、
今回はこの段階で仕上げとしました。
このような状態になると
・刃先が欠けやすくなる
・刃持ちが悪くなる
・切れ味の滑らかさが落ちる
といった影響が出ることがあります。
では、なぜメーカーは「食洗機対応」と書くのか
ここは誤解されやすいところですが、
メーカーが間違ったことを書いているわけではありません。
メーカーの立場で考えると、理由はいくつかあります。
例えば、
・食洗機を使う家庭が増えている
・ステンレス鋼は確かに錆びにくい
・短期的な安全性としては問題が少ない
・食洗機不可と表示したら売れにくくなる
といった事情があります。
つまり
「すぐに壊れることはない」
安全面の耐久性に関する事であり、安全上問題なく使える
という基準で「食洗機対応」と表示している側面が大きいと思います。
一方、研ぎ屋は
10年、20年と使われる包丁の状態
を見ています。
「食洗機対応」と表示されていても、錆びないという意味ではありません。
錆びが進むと刃先の状態にも影響し、
残念ながら切れ味の回復が難しくなってしまう包丁も実際に見てきました。
(鋼材の状態によっては、トラブル防止のため作業をお受けできない場合もあります。)
この視点の違いが、
「食洗機対応」という表示と
現場の感覚の差になっているのかもしれません。
家庭でできる一番のメンテナンス
そこで最初の話に戻ります。
家でできる包丁のメンテナンスは何か。
いろいろな方法がありますが、
一番大事なのはやはり
洗って、拭く。
これです。
・使用後に手洗い
・しっかり水分を拭く
・湿ったまま放置しない
これだけで、包丁の状態はかなり変わります。
特別な道具も必要ありません。
誰でも今日からできるメンテナンスです。
切れ味の回復は研ぎ屋の仕事
ただし、もう一つ正直なことを言うと、
根本的な切れ味の回復は家庭ではなかなか難しいものです。
包丁は使っているうちに
・刃先が丸くなる
・刃の形が崩れる
・鋼材が疲労する
といった変化が起きます。
これは家庭のメンテナンスだけでは
完全には戻りません。
だからこそ
普段のケアはシンプルに
洗って
拭いて
大切に使う。
そして切れ味が落ちてきたら
研ぎ屋に任せる。
これが一番お手軽に、
そして気持ちよく包丁を使い続ける方法かもしれません。
包丁を長く使うために
包丁は消耗品でもありますが、
きちんと手入れすれば長く付き合える道具でもあります。
特別なことをする必要はありません。
洗って、拭く。
まずはここから。
それでも切れ味が落ちてきたら、
研ぎ屋としてしっかり整えさせていただきます。
包丁がまた気持ちよく切れるように、
そのお手伝いができれば嬉しく思います。
東京・西荻窪店 伊勢
